講師:野田 稔
明治大学専門職大学院 グローバル・ビジネス研究科教授
組織とは人の集まりですが、人が集まっただけでは組織になりません。また、組織を作ったからといってうまく動くとも限りません。だからこそ、組織を発展させ、変革させていく組織開発が重要になってくるのです。
前回は、組織開発の本来の意味や組織の何を変えていくべきなのかをご紹介しました。組織開発とは、組織を正しい方向に変えていくことです。前回、一番変えるべきなのは社員一人ひとりの行動であることを見てきました。しかし、社員の行動を変えるのは簡単なことではありません。なぜならそこには、感情の問題が絡んでくるからです。
そこで、第2回の今回は社員の心を動かすためにはどうすればいいのか、実際に私が携わった意識改革プロジェクトの事例もご紹介しながら考えていきたいと思います。
前回、組織変革を成功に導くためには社員の心を動かす必要があることがわかりました。それではどのように社員の心を動かしていけばいいのでしょうか。
私はここに、新商品を市場導入する時の考え方が使えないかと考えました。新商品の性能がいくらよくて値段が手ごろでも売れないことがあります。それはロジックではなく感情が動いているからで、その感情をかき立てて売っていくのがマーケティングです。組織変革をしていくためには、会社の中でのマーケティングが必要です。まず応用したのはロジャースのイノベーター理論です。皆さんも聞いたことがあると思いますが、商品購入の態度をイノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティ、レイトマジョリティ、ラガードに分類したものです。イノベーターとアーリーアダプターを合わせると大体20パーセント弱と言われていますが、彼らが導入すればアーリーマジョリティが追いかけてきて、遅れてレイトマジョリティが続きます。
しかしそれを組織変革に応用してみると落とし穴がありました。イノベーターとアーリーアダプターまでは進みますが、非常に保守的な層がいて、それ以降なかなか理論どおりにいかないのです。現実にはまさにジェフリー・ムーアの言うとおり「キャズム」があり、そこを徹底的に埋めていく必要があることがわかりました。
そこで、キャズムを乗り越えるために今応用しているのはティッピングポイントセオリーというマーケティング理論です。最初に変革者チームを作るのは前回ご紹介したコッターの8段階変革モデルと同じですが、その変革者チームに明確な役割を与えます。先駆的で伝説をつくるメイブン。それを売り込んでいく献身的なセールスマン、チームを有機的にネットワーク化していくコネクターです。中には、口先ばかりで動かない人もいるので、誰が本物なのかを見極めながら役割分担していくのです。
この少数精鋭集団が合理的に役割を果たし始めると、少しずつ組織は動いていきます。また、キャズムを乗り越えるためには、しつこく粘り強くやり続けることもポイントになります。したがって、すぐには成果が出ません。年単位の時間がかかるのが通常です。
このようにマーケティング的に進めていくことと並行して、人間の頭の中も理解して変えていかなければいけません。これがスキーマチェンジです。人間が新しいものを導入するときの心理プロセスがどうなっているかというと、まず新しいものに関する知識が頭の中に入ってきます。そこで、自分にとっての利用価値を見極めてから意志決定するかと思いきや、実はそうならないのが人間です。新しいものが入ってきた瞬間に、まさにスキーマの役割ですが、今までの経験などの認知フレームでもって態度を決めてしまっているのです。
これは合理的ですが、やっかいな面もあります。というのも一度好き嫌いの態度形成をすると、それを裏付けるような情報を選択的に取得するようになるのです。したがって、スキーマチェンジのためには、態度形成のときにいかにネガティブな気持ちを起こさせないかというのがポイントになります。つまり組織変革を成功させるには、どれだけ社員の気持ちに寄り添えるか、どれだけ新しい試みに対する安心感を持ってもらえるかが重要なのです。
最後に、実際に私が携わった意識改革プロジェクトの事例をお話します。始まりは30年ほど前になりますが、ある百貨店、高島屋さんなのですが「挑戦的な社風を作りたい」というトップの思いから社風改革のプロジェクトが始まりました。ちょうどバブルの前で、これから市場が爆発するだろうという予測のもと、社員一人ひとりのチャレンジを促そうとしたのです。
しかし組織文化診断をしたところ、挑戦的な社風からは遠いことが判明しました。例えば「叱りの文化」。お客さまに失礼があってはいけないから、社員に対しては「しつけ」の姿勢でした。また減点主義的な人事制度を背景に、管理職がむしろ若手のチャレンジを抑える傾向にあったこともわかりました。
このままではダメだということで、まずは変革チームを作って意識改革プロジェクトがスタートしたのです。めざすのは事業創造提案ですが、いきなりそのような提案をするのはハードルが高すぎます。これが感情への配慮になるわけですが、まずは自分の過ごしたい夏休みプランの公募から始めました。仕事に関係ないのでやりやすいですよね。同時に、小集団活動としてティーパーティーも行いました。
もちろん初めからうまくいったわけではありません。ティーパーティーに誰も来なかったのです。しかし、サーベイの結果、20代後半から30代半ばぐらいの女性社員がチャレンジングなマインドを持っていることがわかっていたので、彼女たちから巻き込んでいきました。初めは黙って飲んでいただけでしたが、そのうちにぽつりぽつりとまずは愚痴から始まり、1年くらいたった後に少しずつ未来に対する話が出てくるようになりました。面白いのは、プロジェクトのキーパーソンとなった人が、最初はこのプロジェクトに大反対だったことです。「こんな生ぬるいことは、絶対うちの会社に合わない」と怒鳴られたこともあります。その人をあえて社長がアサインしたので、仕方なく彼はプロジェクトで推進していた有給休暇を初めて1週間取りました。それが終わって出てきたときに、入社以来スーツしか着たことがなかった彼がなんとジーパンをはいてきたのです。そして「野田さんの考え方に乗ってみようと思う。この運動が終わるまで俺はジーパンでいく」と言ってくれたのです。うれしかったですね。
その後、この指止まれ隊というクラブ活動も始めました。例えばアメリカ大好き人間というクラブができたのですが、活動といえば多摩川でテンガロンハットをかぶってバーベキューをやるだけ。でも会社はお金を出しました。ビジネスにつながる確信があったからです。そして、ある程度時間がたったところで「そんなにアメリカが好きなら、アメリカンフェアを企画しないか」と持ち掛けたのです。実はサクラが1人入っており、彼は東京店の催事課長でした。みんなが「無理だ。できない」と言うと、彼が「できるよ。だって俺プロだもん」と。これが大成功したのです。アメリカ大好きな人たちがアメリカンフェアをやっているのですから、面白いに決まっています。ほかにもいくつかビジネスが生まれました。
そして最後に行ったのが全社員参加型の長期ビジョン策定です。2000人ぐらいの人を巻き込んで大合宿をしました。この時に彼らの書いたレポートが感動的だったのです「一粒のブドウ」という逸話なのですが、あるとき、あまりお金のなさそうな若い女性が果物売り場に来て、じっと果物を見ています。姿が見えなくなったと思ったらまた戻って見ています。それを見ていた店員さんが声をかけると彼女は「構わないでください」と。でも「せっかくいらっしゃったのですから」と促すと「2人暮らしの病気のお母さんが今わの際で、好物だったブドウを食べさせてあげたいのですが、お金がなくて買えないのです」と言うのです。そこでその店員は「お待ちください」と言ってブドウをパチンと一粒だけ切り、包んで「どうぞ、お持ち帰りください」と彼女に渡したのです。つまりこれが私たちなのだと。お客さまにできることは何でもやる、そういう会社になりたいと発表したのです。ちなみにその残ったブドウはそのままでは売れません。そこで小分けにしたらあっという間に売れて、かえってもうかったそうですよ。
まさにチャレンジングな風土ができたわけです。プロジェクト自体はそこでいったん終わりましたが、その後ニューヨーク髙島屋のスタッフ公募をしたところ、何百人という人が手を挙げたそうです。今でもチャレンジングな手を打ち続けています。
これはどの企業にも参考になるストーリーではないでしょうか。組織開発には非常に長い時間がかかります。しかし、時間をかけて社員一人ひとりの心に寄り添っていくことで組織開発は成功するのです。
前回から2回にわたって、組織開発と組織変革について考えてきました。このテーマはすぐに成果が出るというものではありません。しかし、組織は変えることができるのです。ぜひ、社員一人ひとりの心に寄り添って、プロセスを大切にしながら組織変革をしていただきたいと思います。
講師: 野田 稔 (のだ みのる)
明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス研究科教授/一般社団法人社会人材学舎 塾長。
1981年、野村総合研究所入社。同社にて組織人事分野を中心に多数のプロジェクトマネージャーを勤め、経営コンサルティング一部長を経て、現職。2013年に一般社団法人社会人材学舎を設立、日本のミドルの能力発揮支援に取り組む。
<著書>
『組織論再入門』(ダイヤモンド社)
『中堅崩壊』(ダイヤモンド社)
『二流を超一流に変える「心」の燃やし方』(フォレスト出版)など