講師: 小南 欽一郎
テック&フィンストラテジー株式会社 代表取締役CEO
ゲスト:窪田 規一
ペプチドリーム株式会社 代表取締役会長
薬を創るには長い年月と多額の投資が必要という従来の常識を打ち破り、独自の技術と画期的なビジネスモデルでイノベーションを起こし続ける新時代のバイオベンチャー。彼らの躍進によって、創薬の未来は大きく変わりつつあります。
第1回に続いて今回も、国内の上場バイオベンチャーの中で時価総額が現在トップであるペプチドリーム株式会社代表取締役会長の窪田規一氏をゲストにお迎えし、新時代のバイオベンチャー成功のポイントを解き明かしていきます。前回は、創薬の常識を打破する画期的なビジネスモデルについてご紹介しました。第2回の今回は、大手製薬企業が決してまねできない世界唯一の特許・知財戦略についてお伺いしたいと思います。
小南:前回は、薬の候補物質である「特殊ペプチド」の創薬技術と、それを大量に創る創薬プラットフォームで、大手製薬企業でもまねできないビジネスモデルを作り出したところまでお伺いしました。ペプチドリームのすばらしいところは、自社で開発した技術をビジネスにいかに活用するか、特許・知財戦略が練られているところです。
窪田:ありがとうございます。特許・知財戦略は非常に重要だと考えています。下記は、弊社独自の知財戦略・特許ポートフォリオを図式化したものです。特徴は、特殊ペプチドの開発を含む、プラットフォームシステムそのものすべての特許を持っていることです。真ん中にあるのが、前回もご紹介した東京大学の菅教授が長年の研究成果として完成させたフレキシザイムをはじめとする創薬技術に関連する7つの特許です。そしてそれらを囲むのが、ライブラリー化に関する特許です。したがって、たとえ他社がこの中の1つや2つの技術を開発したとしても、弊社と同じことを実現することはできないというわけです。自動車に例えれば、エンジン、タイヤなどがすべて揃わないと車にならないのと同じですね。
小南:関連する特許を全部押さえているというのがポイントですね。
窪田:はい。そしてこれらの技術を使ってさらに様々な物質が開発されますが、それらもすべて特許化します。つまり、同心円状に特許化を進めることで、確固たるポジションを確立していけるというわけです。
小南:幾重にも重なる特許・知財戦略を活用することで、大手製薬企業もまねすることができないビジネスモデルを作り上げていることがわかります。これらの特許・知財戦略があるからこそ、世界中の大手製薬企業と提携できるのですね。長く製薬業界を見ていますが、2015年の売り上げベースで世界トップ10に入る製薬企業のうち8社と提携している企業なんてペプチドリーム以外見たことがありません。
窪田:ありがとうございます。最近、いたるところで「イノベーション」という言葉が使われていますが、極論を言えば、イノベーションを起こし続けていけば誰も追いつくことはできないところに到達すると言えるかもしれません。
小南:他社の追随を許さない優位性を持っていることがよくわかります。
窪田:これまでお話してきたように、弊社は創薬技術とビジネスモデル、特許・知財戦略で優位性を確立してきました。とはいえ、実は医薬品の生産という点においてはボトルネックを抱えていたのです。どういうことかと言いますと、下記の図にあるように医薬品の生産には候補物質が大量に必要になります。基礎研究段階では少量でもいいのですが、臨床研究、そして実際に製造販売するところまでいくと、大量に必要になります。薬の開発においては、CMO(Contract Manufacturing Organizationの略称)と呼ばれる医薬品の製造を受託する機関があります。通常ならCMOに依頼すればいいのですが、特殊ペプチドは弊社独自の技術なので、世界中探しても特殊ペプチドを大量に創ってくれるCMOは存在しません。特殊ペプチドの創薬技術を持つペプチドリームが大量に生産するという方法もあるとは思いますが、そのためにはお金も人も設備も必要です。正直、ベンチャーには厳しい。これが課題でした。
小南:どのように考えたのでしょうか。
窪田:世界に特殊ペプチドCMOがないのなら、作ってしまおうと。それも日本に作り、日本から世界に発信していけたらいいのではないか。そう考え、「世界初・最先端の特殊ペプチドCMO」を設立したのです。
小南:それが2017年9月に設立されたぺプチスター株式会社ですね。
窪田:創業にあたっては、下記にある日本のそうそうたる企業が協力してくれました。まさにオールジャパンですね。彼らも同じように、長い年月とお金がかかる創薬プロセスに課題を感じており、ぺプチスターが一石を投じるのではないかと期待してくれたのです。立ち上がったばかりなので今後どのような試練があるかわかりませんが、日本に新しいCMO産業を創出することで、社会にも貢献したいと思っています。
小南:ぺプチスターの登場で製薬業界の構造変化にも期待が持てます。というのも、薬の輸出入を見ると、日本は年間2億5000万円を超える赤字になっているからです。
窪田:はい、赤字のマーケットになっていることは課題を感じています。日本は「ものづくり」が得意な国なので、創薬という「ものづくり」で貢献したいと思っています。
小南:これは製薬業界にとどまらず医療経済の問題でもありますからね。現在、抗体医薬の90%以上が海外で製造されています。それが、ペプチドリーム、ぺプチスターの登場によって日本が輸出国になることが期待されます。
窪田:医療経済という観点からは、低分子医薬と抗体医薬のいいところどりの特殊ぺプチドを広めたいというのがあります。起業家としては、前回もお話しましたがアンメット・メディカル・ニーズに応えたい。今もなお、世界中に病気で苦しんでいる人がたくさんいます。そのような方に「ありがとう」と言ってもらえるような仕事がしたいといつも思っています。
小南:ここまでくるのにもご苦労があったかと思いますが。
窪田:あまり苦労を感じたことがないんですよね。ただ、一般的なバイオベンチャーと同
じことをやっていたら難しかったでしょう。オリジナルのビジネスモデルを作っていくことで、見える景色が変わりました。すでに世の中にあるものを模倣しても意味がない。ベンチャーだから挑戦できるのだし、新しいものを作り出してこそベンチャーなんですから。
小南:最後に本日の話をまとめたいと思います。窪田さんのお話をお伺いし、新時代のバイオベンチャーのポイントが3つ見えてきました。1つめは、サイエンスに基づく徹底した知財・特許戦略です。前回もご紹介しましたが、売り切り型のモデルだと将来の利益が得られません。一方で、将来の権利を見越して投資を続けると赤字になります。この一見相反する命題を、特殊ペプチドというサイエンスを最大限生かして解いたのがペプチドリームでした。2つめが、新技術によるマーケットの創造です。低分子医薬と抗体医薬が主流だったマーケットに、特殊ペプチドという新たなマーケットを作り出しました。3つめが、世界が直面している医療経済問題の解決です。世界初・最先端の特殊ペプチドCMOに求められる役割は大きいでしょう。新時代のバイオベンチャーが切り開く創薬の未来が、ますます期待できそうです。