講師:野田 稔
明治大学専門職大学院 グローバル・ビジネス研究科教授
組織開発や組織変革という言葉を最近よく耳にするようになったという方も多いのではないでしょうか。市場環境の変化や複雑化に伴い、改めて組織の在り方や組織と個人の関わり方に注目が集まっています。
一方で、組織開発のセオリー通りに行ってもなかなかうまくいかないという声も多く聞きます。成果をもたらす組織開発とはどのようなものなのでしょうか。
組織開発や組織改革は、今や経営者や人事部門のみならず、組織で働くすべての方に関係するものです。しかし、組織開発について正しく理解している人は非常に少ないのが現状です。今回は、そもそも組織開発とはどのようなものなのか、そして組織の何を変えていくべきなのかというところから一緒に考えていきたいと思います。
そもそも、組織開発とは何でしょうか。組織開発とは「組織の健全さ、効果性、自己革新力を高めるために組織を理解し、発展させ、変革させていく、計画的で協働的な過程」(Warrick, D.D. ,2005)です。簡単に言えば、人が集まっただけでは組織にはならないし、組織を作ったからといってうまく動くとは限らないので、意図的な働きかけが必要だということです。組織開発はアメリカ発祥ですが、アメリカは多様な考え方や社会的背景を持った人たちが多いため、戦略的かつ構造的なアプローチで彼らをうまくまとめていく必要性があったことが背景にあります。組織開発を理解するために、まずはアメリカの組織開発の歴史を振り返ってみましょう。
発端は、1950年代に生まれた2大潮流です。ひとつが、クルト・レヴィンのTグループ(トレーニング・グループ)。ワークショップのようなことをやるのですが、これが後に感受性訓練(ST)などに展開していきます。もうひとつがリカートのサーベイフィードバックで、組織の状態を可視化しようとする流れです。まず組織をサーベイして問題点を明らかにし、それをTグループの活動で直していくという一連の流れができたのがこの時代です。1960年代になると、この流れが本格化しました。60年代のアメリカと言えば、あしき官僚制のようなコングロマリットが出現し、遅い、重い、動かないという状態でした。これを何とかしなければということで企業に組織開発部門ができ、専門家が育成されていくのです。70年代になると、Tグループなどのソフトな改革ではなく、M&Aなどのハードな改革が主流になりました。そして80年代になるとアメリカの企業は日本に負けるようになり、危機感が出てきます。なぜ日本企業が強いのか調べたところ「どうも日本ではアメリカ発のQCサークル(小集団改善活動)やTQM(総合的品質管理)を俺たち以上にうまくやっているぞ」ということになり、それを逆輸入するようになるのです。また彼らが驚いたのは、日本企業の集団凝集性の高さでした。当時、私も「日本人は本当にまとまりがいい。それに引き換えアメリカの従業員は休むことしか考えてない」とよく言われました。日本企業は、社員旅行やビアパーティーなどのいわゆるゲマインシャフト、企業の中における共同体的な活動をフォーマルかつインフォーマルにやっているということで、いくつかのアメリカの企業がこれらの活動を取り入れました。90年代になるとより未来志向になり、お互いの持つ良さを高め合おうという活動が出てくるようになりました。そして2000年代以降は未来志向とダイアログという形で組織開発が洗練されてきたというのがアメリカの歴史です。
日本はというと、実はアメリカで生まれた後すぐ組織開発が入ってきています。1950年代にキリスト教教育の一環としてTグループが展開され、60年代には感受性訓練が導入されました。感受性訓練では自分の頭で考えるより、言われたことを脇目も振らずにやるような強い社員づくりが志向されました。ちょうどこの頃は重化学工業の勃興期だったので、この手法はあっていたのでしょう。70年代は日本の組織開発ブームの全盛期とも言えますが、品質管理活動を小グループで行うQCサークルが多くの企業に浸透しました。これはある意味職場ぐるみの組織開発と言えるでしょう。感受性訓練とペアで推進され、一人ひとりが会社に対する高いロイヤルティーを持って滅私奉公するようになりました。それで確かに日本は成功するわけです。
しかし、80年代になると組織開発の流れも停滞します。遅ればせながら日本も大企業病にかかり始めていて、風土改革が言われ始めますがなかなかうまくいきませんでした。それはなぜでしょうか。もともと日本人は組織行動が得意だと自負しており、全社を挙げて組織開発という動きになりにくかったからだと私は考えています。そうするうちに90年代になりバブルが崩壊します。すると悠長なことを言っている場合じゃないと、アメリカから20年ぐらい遅れてハード改革の嵐が吹くのです。リストラや成果主義の導入などのハード改革は、企業を筋肉質にして無駄をなくすというプラスがあった反面、ゲマインシャフト、それこそアメリカがまねしようとしていた高い集団凝集性や心理的安心感が全部と言っていいほどなくなっていく結果になりました。私は、組織論的に言うと良くなかったと思っています。せっかく自分たちが強みとしていたものを壊してしまったわけですから。
このような流れがあり、2000年代にはコーチングのような人間復古の動きが出てきて、今は働き方改革が全盛です。実は、働き方改革は組織開発そのものなのです。つまり、今は国を挙げての組織開発ブームと言っていいでしょう。しかし、経営者や政治家が本来的な意味での組織開発を理解しているかは疑問です。
また、社員寮を復活させた総合商社など、いわゆるゲマインシャフト的な動きも最近増えてきています。しかし、それらは戦略的で、連続的なものでないと意味がありません。組織開発というのは計画的で協働的な過程であり、ステップを踏むことが必要だからです。
上記は組織開発のプロセスを図式化したものです。専門家が入る必要がありますが、どんなことをこれからやっていくかを契約した後に、組織が今どうなっているかを分析し、フィードバックしていきます。その際ファクトも重要ですが、それ以上に重要なのは企業の中の人たちがどんな気持ちかです。そこまで明らかにしないと組織開発は進みません。それを踏まえて行動計画に落として、実施して評価し、またフィードバックに戻るということを何回も繰り返していくのです。年単位で組織を望ましい方向に変えていくのが本来の組織開発です。
また、組織開発の範囲は非常に広いことも押さえておくべきでしょう。下記の図をご覧ください。皆さんが想像する組織開発とは、ヒューマンプロセスへの働きかけがメインではないでしょうか。メンバー間のコミュニケーションや意思決定プロセスなどに課題があって、これを解決しようというものです。
しかし、組織開発はそのようなソフトバージョンだけではありません。例えば戦略的な問題である市場との関係性やバリューチェーンの構築なども、実は組織開発に入ります。また、技術や構造の問題であるイノベーションの起こしやすい組織構造や、人材マネジメント上の問題であるキャリア開発といったものも含まれます。つまり、これら全部が組織開発なのです。したがってヒューマンプロセスだけを変えるのではなく、組織構造や理念やビジョンも含め総力戦でやっていかなければならないのです。ぜひ、皆さんには大きな枠組みとして組織開発を捉えていただきたいと思います。
ここまで組織開発とは何かについて見てきましたが、一言で言えば組織開発とは、組織を正しい方向に変えていくことです。それでは何を変えていけばいいのでしょうか。
一番変えたいものは社員一人ひとりの行動です。行動を決めているのは意思です。したがって、意思決定を変えなければいけません。意思決定の裏にあるものはスキーマ(先験的認知枠:ものを考える際のフレームワーク)なので、スキーマを変えていくことが必要になります。スキーマそのものは、ある種あうんの呼吸で全員の行動が揃うという効率的なものでもあるので大切です。しかし、環境が変わってもスキーマが変わらない限り以前の行動が繰り返されてしまうというやっかいな面もあります。ただ、スキーマを変えるのは簡単ではありません。というのも、スキーマは自動思考のため、ある刺激が起これば無条件に意思決定が行われて、行動が起こるからです。組織開発論的に言うと、ハードなアプローチやソフトなアプローチなどの総力戦でスキーマを変えていくということになります。やり方として一番有名なのはコッター、コーエンの8段階変革モデルです。
まずは危機意識を高め、変革を推進するチームを作り、適切なビジョンを掲げてそのビジョンを周知徹底します。そして行動を後押ししながら、とにかく短期で成果を実現して最後までやり、最終的に変革を根付かせるというものです。世の中の意識改革論はほとんど同じことを言っています。しかし、このとおりにやったら成功するかといえば、結構な確率で失敗するのです。
それはなぜでしょうか。そこに感情の問題が絡んできます。「環境が変化したから新しい戦略を取ります。そのためには新しい行動をしなくてはいけません。だから、皆さん行動を変えましょう」とロジカルに言われたからといって「はい。そうですね」とすぐに行動できるでしょうか。頭ではわかっていても怖いとかいろいろ考えてしまうわけです。人間とはそういうものです。
つまり組織変革において、変革論のリーダーとプロセスのマネジメントは必要条件ですが、十分条件となる要素を見落としているのです。頭でわかっていても心が動かなければ、行動は起きません。要するに、心が動くという要素を明示的に持ってこなければいけないのです。
ここまで、組織開発とは何か、そして組織開発の本来あるべきプロセスを見てきました。次回は、どのように社員の心を動かし意識改革をしていけばいいのか、事例も交えながらご紹介したいと思います。
講師: 野田 稔 (のだ みのる)
明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス研究科教授/一般社団法人社会人材学舎 塾長。
1981年、野村総合研究所入社。同社にて組織人事分野を中心に多数のプロジェクトマネージャーを勤め、経営コンサルティング一部長を経て、現職。2013年に一般社団法人社会人材学舎を設立、日本のミドルの能力発揮支援に取り組む。
<著書>
『組織論再入門』(ダイヤモンド社)
『中堅崩壊』(ダイヤモンド社)
『二流を超一流に変える「心」の燃やし方』(フォレスト出版)など