講師:米倉誠一郎
法政大学大学院教授、一橋大学イノベーション研究センター特任教授
ゲスト:溝部正太
株式会社キャリア 代表取締役社長
世の中の潜在的な可能性を発見する「日本のポテンシャルに火をつけろ」シリーズ。今回のターゲットはシニア層です。女性やシニアの働き方といった社会課題に対して、政策主導ではなく、ビジネスで解決する。ゲストには、シニアの職業支援、シニアケアの分野で活躍中の若き起業家、株式会社キャリア代表取締役社長の溝部正太さんをお迎えしてお送りいたします。
米倉:2009年に株式会社キャリアを立ち上げていますが、会社概要を教えてください。
溝部:はい、我々は人材派遣、人材紹介事業を行っている会社です。数ある派遣会社の中で特徴を出すために2つの事業を中心に行っています。1つが、労働人口が減少している背景を受けてシニアが働きやすい環境を作ること。もう1つがシニアケアです。高齢化社会で介護サービスを受ける人が増える中、人手不足は深刻です。安心して介護サービスを受けられるよう人手不足を解消することを目的に行っています。
米倉:なるほど。業績を見てみると右肩上がりですね。シニアや介護が大きなマーケットであることはわかるのですが、なぜ御社だけ業績が伸びるのか、具体的なサービスを教えていただけますか?
溝部:まず、シニア事業部が行っているシニアが働きやすい環境作りですが、現状では、働きたい人がたくさんいて、シニアの活用を考えている企業もたくさんあります。にも関わらずそこのマッチングがうまくいっていません。その原因を端的に言うと、働きたいシニアの方が体力的な衰えが理由で思うように働けないこと。新しいことを覚えながらの作業で集中力が持続しなかったり、疲れを感じるのが早くなりケアレスミスをして仕事が嫌になったり。これまでやられてきた仕事をそのまま続けると若い人よりもパフォーマンスは高いのですが。
米倉:そうですね。他にもあるのですか?
溝部:企業側にも原因があります。若い人を採用したい思考が強く、シニアに対しても同じように臨機応変の対応や自分で考えることを求めてしまいがちです。けれど、シニアの方は先ほど話したように新たな仕事をする上での疲れなどを感じやすく、企業側が求めている能力に対応できないことがあります。これが主なミスマッチの原因です。
米倉:それで、どういったソリューションを提供したのでしょうか?
溝部:企業のミスマッチを解消するために、社内にシニア活用コンサルタントを設けました。業務フローを分析し、シニアの方がやりたい仕事ややりやすい仕事を割り出し、パフォーマンスが上げられる業務フローを提案しています。シニアの方は基本的に土日や年末年始などに休みが確保できる仕事を探される方が多いです。そに対して土日働いてほしいと考える企業が多いのですが、逆転の発想を生かしました。
米倉:もう1つがシニアケアですが、これはどんなサービスですか?
溝部:ヘルパーやナースなどの資格を持っている方を対象に介護する人材を派遣しています。介護人材は足りていないのが現状ですが、この問題を解決するには2つしかないと考えています。1つは新規の資格所有者を増やすこと。プレーヤーの数を物理的に増やしていく方法です。もう1つは介護業界をリタイアして資格を生かしていない方に戻ってきてもらうこと。シニアケアでは後者に対してアプローチしています。
米倉:こちらもシニアの方が多いのですか?
溝部:辞められた方にもさまざまな理由があるので、対象は30~40代の方です。
米倉:どうやって解消するのでしょう?
溝部:我々は2つの離職原因に注目しています。まず、残業が多かったり土日が休めないなど職場環境が大変ということ。そして、仕事の大変さの割りに給料が安いこと。これに対して我々は、企業から土日など休みの日だけに絞った仕事を集めるようにしています。
米倉:先ほどとは逆なんですね。シニアの人たちは土日の休みを希望していましたが、こちらでは土日の仕事を集めてくると。
溝部:はい。土日の仕事は補填の仕事が多く大変な業務が少ない傾向になります。介護度の低い人のケアがメインだったり、医者への連絡であったり。これで離職の原因の1つ、職場環境の大変さは解消されるでしょう。また、土日の仕事は時給ベースで考えると高く支払うことが可能です。そうすると2つめの給料が割に合わない問題も解消されます。
米倉:それはいいですね。正規の時間はシニアに、土日は若者にどんどんシフトするといいですよね。シニアはそれほど高い給料を望まない部分もあると思いますので。
溝部:シニアの方たちが喜ぶ職場環境を作ることでプレーヤーを増やし、働き手が多くなると給料ベースは下がります。シニアの方は長く安定的に働きたい傾向が強いので若者と同じ給料でなくてもいいということもあります。その賃金格差が、最終的に企業の収益に反映されてくればと考えています。
米倉:本当に「逆転の発想」ですね。
米倉:業績は常に右肩上がり。なぜここまで成長できたのでしょうか?
溝部:成長のカギは大きく3つ。1つ目は拡大するマーケットにフォーカスすること。どんな企業でも立ち上げ時は一番大変なのですが、頑張れば頑張った分だけマーケットが広がる事業に着目するべきだと思います。2つ目はシニアが働きたい環境を作ること。将来ぼくが60歳、70歳になったときにいいと思える職場を今のうちから作っておこうと。常にないものを作っていく発想です。
米倉:なるほど、ぜひ作ってほしいですね。だんだん登録したい気分になってきました(笑)
溝部:最後が、知らない強み。ぼくは大学で一生懸命勉強してきたわけでなく、本当に何も知りませんでした。2016年にマザーズに上場させていただいたときも、上場について何も知らなかった。だからこそ、怖気づくことなく積極的にトライできたと思います。
米倉:常識的には「上場できるわけない」と考えがちですよね。
溝部:はい。創業当時はちょうどリーマンショック直後で、これからどうなるんだという時代でした。でも、この先のことなんて誰にもわかりませんし、知らないからこそ今を信じてやっていくしかありません。そのときのパワーが今のすべてを作っていると思います。
米倉:もともと大学卒業後はアサンテという会社に就職されていますが、これはどんな会社ですか?
溝部:ハウスの補修やシロアリを退治する、いわゆる害虫駆除の会社です。もともとボクシングをやっていてプロを目指したこともあったのですが、この業界では一番に絶対なれないと思い、違う業種を探しました。そのとき、アサンテの入社を斡旋してくれた方もボクシングをやっていたので。
米倉:そういうつながりだったんですね。でも、5ヶ月も続いていないじゃないですか。
溝部:本当に言いづらいのですが、虫が得意ではなくて…。それでも5ヶ月は頑張ったと思います。そのあとドライバー派遣を行うグッドウィル子会社のソアに入社しました。アサンテを辞めたときちょうど両親が海外旅行中で、辞めたことを言いづらいので帰ってくる前に正社員になろうと、弟に相談しました。
米倉:弟が「ここなら募集しているよ」と。
溝部:はい。すぐ面接に行き、翌日には入社を決めました。これが人材派遣業界に関わるきっかけでした。
米倉:これが天職だと?
溝部:はい。その後子会社を吸収したためグッドウィル社員になったのですが、そのときにシニア事業の企画を提案したら折口会長から表彰されて。一から事業を考えて提案したこと、最速で売上を伸ばしたことがよかったようです。
米倉:そのときも今と同じようなビジネスモデルだったんですか?
溝部:いえ、人材不足をシニアの方で補うというもっと単純なビジネスモデルです。結果的にシニアの方も続かなかったですし、クライアントにもメリットが出たわけでもなかった。単なる人材供給になってしまったんですね。それで、グッドウィルがなくなりそうなときに、キャリアマートという人材派遣の会社に移動しました。失敗を糧に新しいビジネスモデルでやってみないかとお声がけいただきまして。
米倉:その後キャリアを設立したのはどういった経緯ですか?
溝部:人材業界が苦しい時期でしたので、今やっている事業をキャリアマートで行うのは難しかったんです。それが独立したきっかけです。アイデアを考えるのはぼくで、経営のことはわからなかったので川嶋に見てもらいました。従業員はキャリアマートにいた人たちでしたが、会社の利益は出ていないながらも一緒にやってくれました。
米倉:資金調達はどうしたんですか?
溝部:資金は川島が全部用意してくれました。1億何千万という相当な額でしたが、資金はこれくらい持っておいたほうがいいと。周りからは「なぜこんなときにそんな巨額で行うのか」といろいろ言われていたみたいです。
米倉:でも、シニアは伸びるとお互い信じて――
溝部:はい、そこは間違いないと。ただ、いつ伸びるかは当時の状況下ではわからなく、本当に厳しい状況でした。
米倉:今後の展開は考えていますか?
溝部:会社全体の規模を拡大し、業績を伸ばしていかないとと考えています。営業拠点も今は21拠点しかないので、あと3年で倍にはしていきたいですね。
米倉:そうですか。介護の現場は3K(キツイ・汚い・危険)で見られていますが、楽で給料もいいといった再設計ができればいいですね。
溝部:はい、この業界の問題は離職が多すぎることです。その原因を根本的に解決さえできれば、もっといい職場になっていくでしょう。
米倉:最後に座右を聞いてみたいのですが。
溝部:「知らないことを知りたい」。やっぱりわからないことには積極的にトライして知っていきたいです。今は人材業界ですが、そのほかの業界もたくさんあり、少し業界がずれただけで知らないこと、新しいことが山ほどあります。それは非常に面白いことですし、どんどん積極的にやっていきたいと考えています。
講師:米倉誠一郎(よねくら せいいちろう)
法政大学大学院教授、一橋大学イノベーション研究センター特任教授
1953年、東京都生まれ。一橋大学社会学部、経済学部卒業。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。ハーバード大学Ph.D.(歴史学)。1997年一橋大学イノベーション研究センター教授。企画経営の歴史的発展プロセス、特にイノベーションを核とした企業の経営戦略と発展プロセスを専門として、多くの経営者から支持を受けている。
<著書>
『創造的破壊 未来をつくるイノベーション』(ミシマ社)
『2枚目の名刺 未来を変える働き方』(講談社+α新書)
ゲスト:溝部正太
株式会社キャリア 代表取締役社長
1981年生まれ。東洋大学卒業後、2003年に株式会社アサンテ入社。株式会社ソア、株式会社グッドウィル、株式会社キャリアマート取締役を経て、2009年に株式会社キャリアを設立。