BBTインサイト 2019年3月24日

創薬の未来が変わる!新時代のバイオベンチャー〈 第1回 〉創薬の常識を打破した新技術と画期的なビジネスモデルとは?

 
講師: 小南 欽一郎
テック&フィンストラテジー株式会社 代表取締役CEO
 
ゲスト:窪田 規一
ペプチドリーム株式会社 代表取締役会長


医療技術の進歩が進み、画期的な薬が次々に開発される一方で、開発期間の長期化や高額な薬の存在などが課題になっています。そんな中、独自の技術と画期的なビジネスモデルで躍進を続けているのがバイオベンチャーです。薬を創るには多額の投資が必要という従来の常識を打ち破り、彼らはどのようにイノベーションを起こしているのでしょうか。

今回は、国内の上場バイオベンチャーの中で時価総額が現在トップであるペプチドリーム株式会社代表取締役会長の窪田規一氏をゲストにお迎えして、新時代のバイオベンチャー成功のポイントを探っていきたいと思います。

1.創薬技術でアンメット・メディカル・ニーズに挑む

小南:はじめに、国内のバイオベンチャー業界の現状を見てみましょう。大まかに分類すると下記の図のようになります。左側がローリスク・ローリターンの企業群で、検査機器などの販売や基礎研究の受託を行う企業、シーズ発掘やそのプラットフォームを持つ企業などがあてはまります。これらの企業は、製品・サービス販売型、つまり売り切り型のビジネスモデルです。一定量の販売が進むと一定規模の企業価値になりますので、IPOの条件は利益規模です。一方、右側のハイリスク・ハイリターンの企業群には、自社で創薬シーズを見つけ、新規医薬品として臨床開発を行う企業などがあります。これらの企業では将来のロイヤリティ―収入を見越して、一定の臨床効果が得られた赤字段階でのIPOが一般的です。本日ご紹介するペプチドリームは、新しい薬を創る創薬カテゴリーとプラットフォームカテゴリーの両方に該当します。このような企業は、国内ではペプチドリーム1社だけなんですね。

窪田:そうですね。もともとペプチドリームは、経済産業省の大学発ベンチャー1000社計画の中、当時東京大学先端科学研究センター教授だった菅裕明氏が開発した「特殊ペプチド」による創薬技術をもとにして生まれた企業です。製薬業界では「アンメット・メディカル・ニーズ」といって、有効な薬がない疾患に対する医療ニーズが多くあります。いい薬を創ることで、病気で苦しんでいる人に「ありがとう」と言ってもらえるような仕事をするのが創業時からの夢でした。

小南:2012年に京都大学の山中伸弥教授がiPS細胞の作製でノーベル賞を受賞したのを契機に、バイオベンチャーの時価総額が一気に上昇しました。黒字化したバイオベンチャーも増えてきましたが、赤字のバイオベンチャーも多いのが現状です。そんな中、ペプチドリームは時価総額が最高7000億円を超える規模にまで成長し、現在でも国内上場バイオベンチャーの中でトップです。なぜペプチドリームがこのような成功を収めたのか、創薬プロセスとあわせて見ていきたいと思います。

2.創薬の常識を打破する画期的なビジネスモデルとは?

小南:そもそも、薬の開発は長い年月がかかると言われています。また多額の資金も必要です。となると、創薬ベンチャーはハイリスク・ハイリターンの典型ですよね。

窪田:おっしゃる通り、薬の開発には非常に長い年月がかかります。今年開発を始めたとしても、実績が出るのは20年後、25年後という世界なのです。これは、創薬プロセスにはいくつもの段階があるからで、まず標的分子(ターゲット)の探索から始めます。体のどの部分に薬が働くのかを特定するために、地道な臨床研究が必要になります。その後、ターゲットに効く薬の候補物質の創出を行います。ここでは、有効な物質を見つける技術とシステムが重要になります。候補物質が見つかったら、動物試験や臨床試験で本当に有効な薬かどうかを確かめます。最終的に製造承認を得てはじめて薬になるのです。このようにひとつの薬を創るには、非常に長い年月と豊富な資金や経験、運が必要です。2000年頃からのバイオベンチャーブームで多くの創薬バイオベンチャーが生まれましたが、彼らのビジネスモデルはこれらの工程のすべてをカバーするものでした。でも、これだと長い開発期間、多額の資金が出ていくばかりです。まさにハイリスク・ハイリターン。ベンチャーなのに厳しいですよね。

小南:ペプチドリームが登場するまでは、それが常識だと考えられていました。ペプチドリームはどのようなビジネスモデルを考えられたのでしょうか。

窪田:他の創薬ベンチャーがやっていないビジネスモデルに挑戦したのです。リスクをなるべく抑えながら、成功確率を高める方向性で考え出したのが、下記の図にあるようなビジネスモデルです。弊社が担っているのは「候補化合物の創出および最適化」の部分だけ。つまり「これは素晴らしい薬になりますよ」と自信を持って言えるような薬の候補物質を見つけることに特化し、それ以外のプロセスは、資金や経験が豊富な製薬企業に担当してもらうことにしたのです。いい候補物質を見つけさえすれば、その前のプロセスにも後のプロセスにもつなげることができます。例えば、ターゲットを持っている企業に「御社の持っているターゲットに合う候補物質がありますよ」と言えますし、「こんなターゲットがあるからそれに合う候補物質を見つけてほしい」という依頼も受けられます。その先の動物実験などは知見のある製薬企業にお任せすればいいのです。そうすれば、創薬プロセス全体を通して製薬企業とパートナー関係が成立するので、すべてのプロセスにおいて収益をあげることができます。

小南:そうなると、いかにいい候補物質を見つけて製薬企業に渡せるかが重要になりますね。

窪田:まさにそうです。薬の候補物質は、薬のいわば「種」です。それも確実に芽が出て花が咲く種でなければいけません。その「種」こそが、我々が開発している「特殊ペプチド」なのです。これまでの薬の中心は低分子医薬で、これは100年以上の歴史があります。その後出てきたのが抗体医薬と呼ばれるもので、これが現在の新しい薬の主流になっています。ペプチドというのは体の中に存在していて、端的にいえばタンパク質が小さくなったようなものなのですが、それを模倣したのが従来のペプチド医薬で、それをブラッシュアップしたのが特殊ペプチドです。

小南:特殊ペプチドは、安定性も高く薬としてもハイポテンシャルに効く、まさに夢のペプチドですね。

窪田:下記の表は、それぞれの医薬品を比較したものです。左の項目は、薬の候補物質として開発する場合、このような機能を持っていれば有用性が高いというものです。例えば、ターゲットに対して強い結合力を持っていたり、強い特異性を持っていたりすれば効能が強いと言えます。これを見ると、抗体医薬は効能的に優れていますが、飲み薬など使いやすさに関しては低分子医薬が優れていることがわかります。それに対して、特殊ペプチドはすべての要件を満たしているのです。特殊ペプチドは、低分子医薬と抗体医薬のいいところどりだといえますね。

3.大手製薬企業が決してまねできない理由

小南:ペプチドリームは大手の製薬企業と協業しているのが特徴ですが、なぜ彼らは自社で特殊ペプチドを創らないのかという疑問が出てきます。

窪田: そう思われるのは当然です。大手の製薬企業ならばターゲットはありますし、臨床試験を行う体力も能力もあるのだから、自社で開発して一気通貫でやれた方がいいに決まっています。しかし、なぜ協業しているのか。そこが弊社のビジネスモデルの最大のポイントです。これまでも特殊ペプチドを創ることはできたのですが、コスト面でも作業面でも簡単ではありませんでした。それが先ほどお話した東大の菅教授が15年以上かけて開発した技術によって、安定して創ることができるようになったのです。しかし、それだけでは不十分で、創薬開発には候補物質をなるべく多くそろえてライブラリー化する必要があります。1個でも大変なのに、大量にそろえてライブラリー化するのはさらに大変なのは想像できますよね。そこで弊社は、世界初の創薬プラットフォームをつくり、効率的にライブラリー化できるようにしたのです。

小南:一見他社でもまねできそうだけれども決してまねできないビジネスモデルを作り出しているのが、ペプチドリームが躍進した理由のひとつですね。

窪田:自社で開発した技術をどうビジネスに応用するかは、創薬ベンチャーの肝だと思っています。

小南:それが特許・知財戦略につながるのですね。次回は、世界唯一のペプチドリームの創薬プラットフォームを例に、創薬ベンチャーにおいて重要な知財戦略についてお伺いしたいと思います。

※この記事は、ビジネス・ブレークスルーのコンテンツライブラリ「AirSearch」において、2018年7月19日に配信された『新時代のバイオベンチャー 01』を編集したものです。

講師:小南 欽一郎(こみなみ きんいちろう)
テック&フィンストラテジー株式会社 代表取締役CEO。
1994年東京大学大学院で博士号(理学)取得後、英国王立癌研究所に留学。九州大学生体防御医学研究所、野村R&A(野村證券)、みずほ証券を経て、2017年テック&フィンストラテジー株式会社設立。ベンチャー企業のIPOコンサルや大手企業の新規事業進出支援、ベンチャーキャピタル・金融機関支援などを手がける。
ゲスト:窪田 規一 (くぼた きいち)
ペプチドリーム株式会社 代表取締役会長。
日産自動車株式会社、株式会社スペシアルレファレンスラボラトリー(現株式会社エスアールエル)、株式会社JGSを経て、 2006年ペプチドリーム株式会社設立。代表取締役社長に就任する。2017年9月ペプチドリーム株式会社代表取締役会長(現任)に就任。また、ぺプチスター株式会社を設立し、代表取締役社長に就任(現任)。